M.N.
西日本鉄道株式会社
自動車事業本部 未来モビリティ部
企画開発課 係長(三菱商事株式会社より出向)
地方部におけるバス事業の経営環境は、年々厳しさを増している。その一方で、高齢者が増加し交通インフラの重要性はますます高まっている。そのため、持続可能なバス事業の在り方を求めて各バス事業者は試行錯誤を繰り返す日々だ。その答えの一つになるかもしれないビジネスモデルの実証実験が福岡で始まった。
A.F.
営業二部 営業推進課 課長代理
「出身は名古屋市です。高校はテニス部、大学では軽音楽部に入っていました。休日は音楽フェスやライブでリフレッシュしています!」
T.Y.
サプライマネジメント部企画開発課 課長代理
「A.F.とは同期入社になります。2人とも酒が好きなこともあり、仕事帰りに飲みに行っては仕事からプライベートまであれこれ話すのが息抜きになっています」
M.N.
西日本鉄道株式会社
自動車事業本部 未来モビリティ部
企画開発課 係長(三菱商事株式会社より出向)
H.M.
同企画開発課
S.N.
同企画開発課
プロジェクトの背景
人口減少時代に突入した日本だが、東京都の人口は増え続けている。全国に目を向けても大都市圏に人が集まる傾向が強く、一方で地方部の人口流出に歯止めがきかないのが現状だ。その影響は、地方のバス事業にも深刻な影を落としている。国土交通省の発表によると、地方部におけるバスの輸送人員数は2000年度から約24%も減少(2016年度時点)。鉄道やトラックなどの他産業と比べて事業収益率も低い。この現実は、全国バス事業者の3分の2が赤字であることにも表れている。しかも、赤字事業者のおよそ82%を大都市部以外の地域で営業している事業者が占めているのだ。こうした地方のバス事情は、三菱オートリースのA.F.も認識していた。
A.F.
「バス運転士が慢性的に不足しているという問題もあります。また、少ない黒字路線で赤字の路線を支えている形となっている地域も多くあり、いくつもの課題を抱えています。しかし、高齢化が進み運転免許証の自主返納も増えている日本では、バスは日常生活の移動手段として不可欠な公共交通の一つであり、今後ますますその重要性が高まっていくのは明らかです。いかに事業を黒字化し、安定した運行を継続していくかが命題になっています」
この課題解決の一つの方法として注目を集めているのが、福岡市東区アイランドシティ地区で運行しているAI型オンデマンドバス『のるーと』だ。西日本鉄道株式会社(以下、西鉄)と三菱商事株式会社(以下、三菱商事)が共同で2019年4月25日から運行を開始し、バス選定を三菱オートリースが担った新しいバスの形である。
決められた路線を決められた運行スケジュールどおり走る路線バスに対して、オンデマンドバスとは、利用者の事前予約に合わせて運行するバスのことだ。予約に応じて運行するため、利用者が乗っていないまま運行したり、乗降客のいない停留所であってもすべて回らなければならなかったりといったロスを軽減できる。その反面、予約状況で目的地までのルートが変わるため、効率的なルート選定が難しいという課題もあった。
A.F.
「この課題をAIによって解決したのが、『のるーと』です。利用者は、配車専用アプリを使って出発地と目的地のミーティングポイント(乗り場)、人数を入力するだけ。あとは、AIが乗車率の上がる最適なルートを自動で導き出してくれます。乗りたいときにバスを呼べるので、路線バスとタクシーの中間に位置する移動手段だと考えれば分かりやすいと思います」
『のるーと』が運行されているアイランドシティ地区は、居住者が約1万人、就労者が6000人ほどで、現在も開発が進められ人口が増えているエリア。近い将来、2倍の人口にまで増加すると予測されているものの、現状交通手段は大通りを走る路線バスのみで、最寄りの鉄道駅までは3km強も離れている。開発途上ということもあり、交通空白地や最寄りのバス停までどうしても距離がうまれてしまう場所が出てくるエリアでもあるのだ。
A.F.
「人口が増えているだけでなく、エリア内に物流拠点もあるため、一定の利用者は存在したものの、公共交通の利便性を高めて欲しいとの住民の方々からの声もあり、その利便性を一層高めるには、できる限り細やかなサービスを提供する必要があります。そのためには、小回りの利く『のるーと』を運行して路線バスと補完し合う形を整えることが最適なのではないかと、西鉄さんと三菱商事さんとの間で様々な議論がされたのです。ただ、私たち三菱オートリースがここまでの情報を把握するのは、プロジェクトに参画してからだいぶ後になってからでした」
新しい検討であるが故に、三菱オートリースに話が持ち掛けられた時点では、情報が未確定のものも多く、そこが、このプロジェクトの難易度を高いものにしていたのだとFは振り返る。
プロセス
プロジェクト発足当時、西鉄へ出向前だった三菱商事のM.N.氏から、Fのもとへ相談がきたのは、2018年4月中旬のこと。内容は、「バスって何がありますか?」という、なんとも漠然としたものだった。
A.F.
「『どういうことだ?』というのが、正直な気持ちでした(笑)。具体的にどのようなことが知りたいのか確認しましたが、乗り合いバスの事業の立ち上げを検討しているが、まずはどんな種類、大きさ、仕様のバスがあるのか教えてほしいとしか、明かしてもらえませんでした」
一方でN氏には、Fに声かけした理由があった。
M.N.
西鉄
「西鉄と三菱商事の間で、バス事業が抱える課題解決につながる取り組みとして何かできることは無いかと意見交換をしていました。その中で、オンデマンドバスというアイデアが出てきたのです。しかしそれが本当に成立するのか、検討する材料が多岐にわたるため、車両については専門家である三菱オートリースに相談しよう、と。Fさんに声をかけたのは、過去、一緒に新規事業開発に取り組んだ経験があり、アイデアの引き出しの多さや新規事業に対する前向きな姿勢を信頼していたからです。ただ、この時点では不確定な情報が多すぎるため、話せることがほとんどありませんでした」
Fとしても相談レベルの話であり、仕事になるかも不明確な状況では、社内の人間をどこまで巻き込むか悩ましい。一方で、「組織としてきちんと対応する」という前向きな姿勢を示すためには、営業だけでなく他部署の協力を取りつけたいところだった。このジレンマの中、気心の知れた同期であり、自動車の調達を行うサプライマネジメント部に所属するT.Y.に声をかけたのだった。
T.Y.
「いわゆるバスといって思い浮かぶタイプにも大型・中型・小型といった種類があり、ホテルの送迎などで使われているバンもバス仕様に改造すれば使用できます。本来であれば、用途に応じた向き不向きや強み、弱みなどのポイントを交えて最適な車両を提案するのですが、まずは各自動車メーカーのカタログを見せ、それぞれの車両の一般的な特徴を伝えることしかできませんでした」
新規事業の場合、入念に情報収集をして検討を重ね、事業の形をほぼ決めてから具体的に動き出すこともあれば、動きながら情報収集と検討を同時並行で行い、事業の形を具体化していく方法もある。このプロジェクトは、後者に近いアプローチとなっていた。
M.N.
西鉄
「事業としての持続性が見込める乗客数の算出や、運行させるエリアの選定を進めていく議論と平行して、三菱オートリースから車両の制度や一般的な運用の留意点など、様々なノウハウを教えてもらいました。最終的には、事業者が抱える運転士不足の解決に寄与することが期待される、普通自動車第二種免許で運転可能な、乗車定員10名以下の車種で検討したい旨を三菱オートリースへ伝えました」
T.Y.
「定員10名以下となるとバンタイプになります。ただし、自動車メーカーによって納車できるまでの時間も、バス仕様へ改造するために必要な時間も異なります。当然、細かい仕様が固まらない限り改造にかかる具体的な日数は算出できないため、ざっくりとした通常納期で車両を選ぶしかありません。加えて、バンタイプと一口にいってもシート数は車種によって異なり、利用者の属性をどのように想定するのかによって仕様は変わってきます。実は、このタイミングでも事業の詳細は固まり切っていなかったため、仕様決定に必要な情報を一つひとつ確認しながら、細かい仕様やデザインをイメージし、どのようなものを必要としているのかを引き出しながら提案を重ねていきました」
仕様を決める上で譲れないポイントしてN氏から提示されたのが「利用者が乗りたいと思えるバスであること」だった。乗り降りがしやすく、車内もゆったりとしたつくりであること。「ベビーカーなどを収納できるスペースも確保したいし、座り心地のいいシートも欠かせない。例えば座席は革張りシートもいいし、車内はLEDライトの照明で居住性の工夫を凝らすのはどうか……など」。仕様を固めるため会話を重ねれば重ねるほど、要望は増えていった。
T.Y.
「14人乗りのキャラバンのシートを減らして10人乗りに改造することで、ゆったりとした車内空間を確保し、貨物スペースもしっかり確保することにしました。しかし、人の命にかかわるシートベルトの位置は法令で厳しく定められていて、変更するには非常に煩雑な手続きが必要であったため、まずは今の仕様で準備できるものを仕立てる形となりました」
A.F.
「Nさんはプロジェクトを成功させようという熱意がすごく高く、想いの強さがひしひし伝わってきました。私たちとしても利用者に満足してもらえる車を提供したい。だから、できる限り要望に応えようと、コスト面の制約もある中、できること、できないことを整理して伝えながら、乗りたいと思ってもらえるバスを徹底的に追求していきました」
車両には日産キャラバンマイクロバスを使用し、改造するための詳細な仕様が固まったのは2018年の10月に入ってから。年明けにニュースリリースを発表し、春から運行を開始するには、ギリギリのタイミングだった。
成果
『のるーと』は、実証実験として1年間運行し、各種データや利用者の声を集めることになっている。しかし、オートリース契約としては、1年間で終了する可能性があるというのは異例の短さといっていい。しかも、事業が成功するかどうか見通すのが難しい新規事業でもある。三菱オートリースの社内から「本当に大丈夫なのか」と不安視する声がでてきたのも当然のことだった。
A.F.
「かつての三菱オートリースであったらGOサインは出なかったかもしれません。事業可能性を慎重に見極めた上で動くのが普通ですから。しかし、激変期ともいえる自動車業界の中で生き残り、三菱オートリースとして存在感を示していくために会社も変わろうとしているタイミングでした。それに今回のプロジェクトは、年々厳しさを増す地方都市の交通インフラを維持するという社会的意義が高いだけでなく、他社に先駆けて成功事例をつくることによって、新しいビジネスへと発展していく可能性も秘めています。こういった将来性も加味することで社内を説得し、契約に至ることができました」
Fの期待どおり、『のるーと』は運行後も改善を繰り返すことで、着実に成果を上げつつある。1日の利用者数は平均で150名に達し、200名を超える日もあるという。この数字を一層高めていくため、日々改善とPR活動を繰り返しているのが、H.M.氏とS.N.氏が所属する西鉄の未来モビリティ部企画開発課である。H.M.氏はオンデマンドバスのサービスの向上、S.N.氏はイベントなどを通じたPR活動を主に担当している。
H.M.
西鉄
「アイランドシティ地区は開発が進んで新たにマンションが増えているため、利便性を高めていくためにもミーティングポイントを増やしていく必要があります。まずは住民説明会を開いてご理解を頂く必要があり、頂いたユーザーの声をベースにサービスの改善も行っています。また、ミーティングポイントが増えれば、AIのロジックも改修しなければなりません。やるべきことはいろいろありますが、実証実験が終わる2020年4月まで、地域の皆さまがより使いやすいよう、一層便利になるよう、改善を繰り返していきます」
S.N.
西鉄
「新しい交通インフラを定着させるには、知っていただくこと、乗っていただくことが重要です。しかし、人はそれまでの生活習慣を簡単に変えようとはしないものです。そこで、地域の皆さんに『のるーと』に触れて、乗り心地などを実感してもらうため、地域のお祭りやイベントにブースを出店して説明したり、実際にシートに座って頂いたりしています。西鉄の制服を着て運転席で写真を撮影するイベントは好評を頂いています。こういった地道な活動を積み重ねて『のるーと』の認知度を高め、一人でも多くの方に利用して頂ければと思っています」
今後に向けて
西鉄では、アイランドシティに続く形で、他の地域でのオンデマンドバス導入検討も進めているようで、将来の持続可能な交通インフラの整備に資するビジネスモデルの確立に向けて、これからもデータを積み上げていく予定だという。
そして、三菱オートリースとしてもこのプロジェクトで得た知見やネットワークを未来へつなげていきたいとFは語った。
A.F.
「三菱オートリースは40万台というリース車両を保有しており、オートリースを通じて多種多様な業界のお客様とのネットワークもあります。今後到来するであろうMaaS(※)社会において、MaaSパッケージの提供事業者である『オペレーター』としてのポジションを確立するのはハードルが高いと思いますが、今回のプロジェクトを通じて得た知見を活用することで、たとえば、オペレーターと交通事業者を、サービスを介してつなげるといった方向性も見えてきたと感じています。今はまだ可能性の域を出ていませんが、これを現実のものにするため、これからも株主である三菱商事や三菱HCキャピタルとの連携を密にし、協業するパートナー企業との情報交換を重ねて、三菱オートリースが手掛ける新たなモビリティサービスの形を模索していきたいと思います」
Fそして三菱オートリースがつくり出す未来が楽しみだ。
※ MaaS:Mobility as a Service の略で、ICT を活用して交通をクラウド化し、公共交通か否か、またその運営主体にかかわらず、マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティ(移動)を1つのサービスとしてとらえ、シームレスにつなぐ新たな「移動」の概念のこと